グローバル時代の人材獲得戦略 「職務給」は成果主義を超えられるのか?
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金融業界の成果主義契約がもたらした、スペシャリスト人材に対する価値観の変化

かつて金融といえば最も安定して高収入を得られることが約束された業界の代名詞でした。いまだに新卒が就職したい人気企業ランキングの上位を金融機関が占めることは、人事制度においてその影響力の大きさを物語ります。これまで金融の採用は学歴が最重要視され同年代の候補者の中から最も優秀な人材を獲得することが主流でした。年功序列を基軸とした終身雇用が当たり前。いまなおその傾向は残しつつも、グローバル化の影響で、事態はこの10年で一変しています。今回は、グローバル時代の人材獲得戦略を考えるにあたって、この10年で最もグローバル化の影響を受けたと言われる金融業界の事例を振り返ることで、成果主義と旧来の年功序列・終身雇用について考察していきたいと思います。

グローバル・スタンダードとはよく使われる言葉ですが、国内の金融機関もいまグローバル化を意識した人事戦略をとり始めています。苛烈な競争環境に晒される外資系金融機関は、Pay for Performanceを合言葉に、徹底した成果主義に基づく高い報酬と引き換えに、成果を挙げられなければ即、解雇という厳しい環境にあります。この徹底した合理主義をとる外資系金融機関と比肩するために、国内の某メガバンクおよび某証券会社がグローバル・スタンダードを意識して打ち出した「プロ契約社員」という概念は業界内に大きな波及効果を与えました。

プロ契約社員とは、メガバンク本体が証券、アセットマネジメント事業を展開するにあたり、子会社を傘下に入れるプロセスの中で打ち出した新しい契約雇用のスタイルで、職種ごとの「職務給」により高額な報酬を支払う契約形態です。

これまでの年功序列、終身雇用を覆すがゆえに、導入当初は評価がわかれるようでしたがここ数年で定着し、同業他社へも波及するまでの広がりを見せています。このプロ契約社員という概念の導入は金融業界において、どのような意識の変化をもたらしたのでしょうか。

金融業界のスペシャリストに特化したエグゼクティブサーチ会社、KANAEアソシエイツ株式会社 代表取締役 阪部哲也氏にお話を聞きました。

「特筆すべきはスペシャリスト人材に対する評価の変化でしょう。総合職であるゼネラリストが優遇された10年前とは明らかに事情が変わってきています。銀行が銀行業務だけでなく、投信、証券、アセットマネジメントなど新機軸を広げる際に、必要となるプレーヤーの職種が多岐にわたり、しかも求められる報酬形態がまったく違うため、これまでの給与体系では立ち行かなくなってしまったのです。

その結果、制度そのものを調整する必要がありました。既出のメガバンクの例では証券事業への参入が後発だったという背景もあり、即戦力となるスキーム、ノウハウの獲得が急務でした。証券事業展開に必要な専門性の高いノウハウや経験を有するスペシャリスト層への採用ニーズが高まり、他社より高い給与を提示することで彼らを招き入れる必要がありました。その結果、多種多様な職務に応じた給与サーベイを行い、競合の給与相場を把握し、従来の人事評価の見直しが行われました。

なぜなら給与相場を見誤れば、優秀な人材は採用できない。そればかりか即刻、同業他社に引き抜かれてしまうことをも意味するからです。

また、サブプライムショック以降、母集団としての若手の人材が極度に少ないという歪んだピラミッド構造も追い打ちをかけました。業態業種の違う若手人材の育成のために本部から総合職を出向、転籍するだけではノウハウ不足が解消されない。そこで企業側は『人材育成やノウハウの獲得にかかる時間をお金で買う』というM&Aさながらの戦略を取らざるを得なかったわけです。現在、トッププロの給与相場は言ってみれば時価に近く、常にグローバル水準に視線を合わせたアップデートが求められています」

人事評価制度グランドデザインの鍵は、個人間公平性の担保

しかしながら、すべての企業が金融業界のような給与競争に挑み続けられるわけではありません。優秀な人材を獲得するため、万人に高い報酬を約束することが難しい、中小中堅企業は先の凡例をどのように受け止め、応用すればいいのでしょうか。

KANAEアソシエイツ株式会社 チーフ・ストラテジー・オフィサーである鈴木宏昭氏は以下のように語ります。

「かつてグローバル・スタンダードの掛け声の下、鳴り物入りで導入された成果主義でしたが、三井物産のように一度は導入した成果主義を撤回して成功した例もあります。当時、『この職務には、この給与』という明確な軸を定める代わりに、『この仕事ができる(はずの)能力と経験に報酬を払う』という“職能給”の発見が“職務給(いわゆる成果貢献給)”の定着を阻んだ一因となってしまいました。その発見こそが、年齢に応じた年功序列の発想から抜けきれなかったことにほかなりません。実はこれまで本当の意味での“職務給”が成功した例は稀。職務給が正しく適応される人材は、ほんの一握りのスペシャリストに過ぎないからです。既出のメガバンクの場合、ここ数年でゼネラリストとスペシャリストの間に大きな給与格差が生じてしまっています。この小さな歪みが果たしてどんな形になって現れるのか、新しい制度のすべてが成功事例として今後も継続するかどうか、それ自体、未知数であり、判断を下すまでには時間を要するでしょう。人事制度は等級・評価・賃金制度の整合性が取れるよう、グランドデザインしなければなりませんが、その際に忘れてはならないのは、内部公平性、個人間公平性・外部競争力の三原則です。

ことグローバル市場での人材獲得には外部競争の優位性ばかりが話題になります。しかし、人事評価とりわけ給与体系に対する不満が最も吹き出しやすいのは何といっても個人間公平性が担保できていない状態ではないでしょうか。

外資の同業他社の給与水準が自分よりも5%高いと知ったところで傷つく人はいませんが、席を並べる顔見知りの同僚が自分よりも高い給料をもらっているというファクトは案外ストレスになるものです。お題目のようなグローバリズム尊重主義に流されることなく、自社における公平性やフェアネスを徹底的に担保することで社員が長く働ける魅力的な会社であり続ける。そんな制度の選択もまた有効なはず。中小中堅企業ならなおさらでしょう」

給与競争ではない、別の競合優位性で人材獲得競争時代を生き抜く

「既出の事例とは真逆ですが」と前置きして、阪部氏はある事例を挙げ、さらに続けました。

「新卒を自社で育てるノウハウを強みに従来通りの年功序列という給与体系をあえて変えないことで若手の採用に成功している金融機関もあります。変えない、ということもひとつの経営の意思決定です。グローバル市場で投資銀行業務を行う担当者と伝統的なサービスの法人営業担当者がほぼ同じ給与にもかかわらず、辞める若手が少ないのは、未経験者を育てる風土が企業内に醸成されている結果といえます。

制度の前に風土ありき、などというと意外に思われるかもしれませんが、会社のビジョンや風土に貢献する評価制度を給与に加味している事例もまだまだ少なくありません。いかに優秀な人材でも風土に合わなければ、危険な異分子となり、企業にダメージを与える存在になってしまうケースもあるくらいです。さらに加えるなら、単に高い報酬だけが獲得したい人材のモチベーションに必ずしも直結するとは限らない。失敗してもいいから何度でも挑戦させる、という機会の創出が優秀な人材の獲得・維持に有効に働いているケースだと思います」

金融業界の事例を紹介してきましたが、最後に高い報酬だけが優秀な人材に報いる唯一の方法ではないことを示す、もうひとつのベストプラクティスを紹介します。

それは『The War for Talent~マッキンゼー式人材獲得・育成競争』の中に記載されている魅力的な機会=opportunityを与え続けることの有効性についてです。

高い報酬だけが優秀な人材に報いる唯一の方法ではなく、「たった一人の魅力的な人材の獲得」が功を奏する事例です。新進気鋭のITベンチャーが一人の優秀なゲームプログラマーを獲得したことでその後の採用メリットにつなげたのです。“あの人と一緒に働きたい”という機会の創出がその他大勢の優れた人材の大きな呼び水となり、追随者を瞬く間に増やすことで、その後の人材獲得を劇的にスムーズにしました。すべての人材に潤沢な給与が約束できない場合、この方法は有効だと思われます。ゲームメーカーを例にとり、さらに加えるなら、優秀なエンジニアを確保できるかどうかが事業の成功を左右するようなグローバル競争下においては、既出の金融業界に倣い、プログラマーをはじめ、ある特定の職種に限り、期間を区切った上で従来の従業員とは異なる職務体制=「プロ契約社員」の導入などを検討することも有効だと思います。その人を獲得することでさらに優秀な人材を呼び込むことになれば安い投資ではないでしょうか。ただし、定めた期間内に成果を出せなかったら辞めてもらうことが肝要かもしれません。情に流されて、その人材を雇い続ければ、おそらく確実に内部に不公平感が芽生えるからです。

 

様々な事例を展開してきましたが、要はグローバル時代の人材獲得競争を勝ち抜くための正攻法は決してひとつではない、ということに尽きるのではないでしょうか。プロ契約社員のような成果主義で戦うという選択肢もあれば、逆に従来のように新卒から育成をし続けることで差別化を図ったり、ひとりの魅力的な人材を獲得することで一緒に働きたいという仲間を増やしていく、という選択肢もある。人材の採用・育成に求められる視点は、やはり内部公平性、個人間公平性、外部競争力という基本の考え方。そのいずれかひとつではなく、すべてを大事にしながら制度設計をすることが大切だと考えます。

 

(取材:砂塚美穂 文責:雨宮秀樹 HRレビュー編集長)

 

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