【事例紹介】性善説から生まれた、さくらインターネットの働き方改革
Pocket
Share on LinkedIn

「さぶりこ」とは?

さまざまな企業で「働き方改革」を実現するために取り組みが行われるなか、自社の取り組みについて苦慮されている経営者・人事の方も多いのではないでしょうか。今回は、会社が「働きやすい」環境を提供して、そのなかで社員個人が「働きがい」を追求できることを理想とし、働き方の多様性を尊重するさまざまな取り組みを行っているさくらインターネットの事例をご紹介します。

同社は、会社に縛られず広いキャリアを形成(Business)しながら、プライベートも充実させ(Life)、その両方で得た知識や経験をもって共創(Co-Creation)へつなげることを目指しています。この考え方を「さぶりこ」(Sakura Business and Life Co-Creation)と名付け、人事施策として進めています。


(画像をクリックすると同社HP内の詳細ページが開きます)

同社では、定時の30分前からは自由に退社できるなど、就業時間に柔軟性を持たせるほか、パラレルキャリア(NPOやほかの会社、大学での勉強など、自社での仕事以外に複数のキャリアを持つこと)も奨励しています。さらに、多様な価値観や背景を持つ社員が働きやすい環境を整えるため、性別や性的指向、婚姻等に対する考え方によって休暇や福利厚生の適用有無を区分する必要はないとして、事実婚や同性のパートナーも「配偶者」とし、休暇や各種手当を適用するようにしました。また、男性の育児休暇取得率や、その取得期間も平均して高い状況です。これらの制度は、働く人々に、また採用活動などにどのような影響を与えたのか、同社の人事部マネージャーである清水能子氏にお話をうかがいました。

<プロフィール>
清水能子氏 さくらインターネット株式会社 管理本部人事部マネージャー
立教大学文学部心理学科卒業。総合リース会社で営業を経験した後、通信キャリア、展示会主催会社、外資系製薬会社を経て、2005年8月にさくらインターネット入社。2011年より人事業務に携わり、2012年より人事部マネージャーとして、人事評価制度の再構築、採用体制の強化、社内講師制度の立ち上げ、働きやすい就業環境整備を推進。「働きがい」を感じられる職場づくりが今期のテーマ。


「制度より風土」というカルチャー

働き方や各種手当に関する社内制度に「さぶりこ」(Sakura Business and Life Co-Creation)という名称がつけられ、まとめて人事制度としてパッケージ化されたのは2016年10月のことです。代表的なものに下記のような制度があります。

  • 仕事が早く終われば定時の30分前に退社できる「ショート30」
  • 勤務時間を10分単位でスライドできる「フレックス」
  • 20時間分の残業手当をあらかじめ支給する「タイムマネジメント」
  • 心身のリフレッシュを目的とした「リフレッシュ(各種休暇)」

実は、当社には「制度より風土」を重要視するカルチャーがあります。制度は一方的にでも作れますが、風土はみんなで作っていかなければならないもの。与えられるものではなく、あくまでみんなで作っていきましょうという思いが込められています。社内規程に何かを盛り込もうとすると、「それは、本当にルールにしなくちゃいけないのか」と社長から反発されるほど(笑)。そんな状態にもかかわらず、あらためて「さぶりこ」という形で取りまとめたのは、制度化することで「多様な働き方を尊重する」という会社からのメッセージになるからです。

過去の施策を振り返ると、あまり社員の話を聞かずに制度を作り、後から人事が批判されるなど、社員と信頼関係を築けていない時代もありました。ただ、心理アセスメントの全社実施や、ワークショップなどの対話を通し、実は社員たちが皆良かれと思って発言していることが明らかになったのです。批判めいた発言をしている人も、その人なりのコミュニケーション方法で現状を良くしようとしていた。それなのに受け止める側が責められていると感じて、身構えてしまっていたのです。そうではない、目指すところは同じなのだということがわかってからは、もっと社員と対話し、彼ら彼女らの考えていることを本音ベースで知るべきだと感じるようになりました。社長の田中も同席する場でざっくばらんに要望を聞くなど、さまざまな社員との対話のなかでまとまっていったのが、この「さぶりこ」です。

 

「性善説」をよりどころにした人事制度

「さぶりこ」が生まれた背景には、人事的にいくつかの大きな出来事があります。

まずは2013年に行った人事制度の変更。組織が急成長するなかで人事評価制度がうまく機能していないのではないかという話があり、それまで行っていた目標管理を廃止し、一人一人の期待値に対して評価を行うようにしました。本来やるべきことをきちんとやれば評価されるのだということを人事制度に盛り込みました。

次に「働きやすさ」と「働きがい」というキーワードが社長から出てきたこと。「CROSS2015」というITエンジニアのイベントで、社長の田中がエンジニアの働き方について話す機会があり、その際に、給与や福利厚生などの、会社が用意できる「働きやすさ」と、やりがいや成長・チャレンジなどの、働く動機づけとなる「働きがい」について着目するようになりました。これによって、私たち人事がやるべきことは「働きやすさ」を整えることだと明確になったように思います。「働きやすさ」が整うと、社員もパフォーマンスを発揮しやすくなるだろう、余計なことに気を使わず……というかストレスで心身を摩耗したりせずにパフォーマンスを発揮できるだろうという前提で、働きやすさをどんどん整え、社員が活躍するためのフィールドや舞台を準備することにしました。

最後に、2016年1月、当社の人事ポリシーを明確にしたことが挙げられます。人事制度の運用を見直すなかで、人事が何をよりどころにするべきなのかがわからなくなったことがあり、経営陣を巻き込む形でワークショップを開催しました。「どういう価値観を持ち、何を基準とするべきなのか」「ブレない軸とすべきことは何か」ということを意識合わせする場を設けたのです。その結果、満場一致で出てきたのが「性善説」、つまり社員を信じるということでした。

それ以降は、何かを決めるにあたって「働きやすさ」と「性善説」の組み合わせで考えていくことで、話を進めやすくなっています。考えるべきことがシンプルになりました。「性善説」というキーワードにたどりついていなければ、「さぶりこ」は今とはまったく別のものになっていたかもしれませんね。

未来に対する恐怖をどう捉えるか

「さぶりこ」にはさまざまな制度がふくまれていますが、その日の仕事が終わっていれば定時より30分早帰りできる「ショート30」は、300名を超える社員のうち、3分の1程度の社員が利用しています。時間に縛られる業務ではない社員も多く、必ずしも定時までその場にいることが重要ではないという考え方です。フレックス勤務にしても1日のうちに8時間(「ショート30」との併用で7時間半)働く必要はありますが、当日朝9時半までに上長に連絡すれば時間を自由にスライドできます。理由は問いません。こちらも3分の1程度の社員が利用しています。例えば、朝7時から働いて15時半に退社する社員もいます。

実際に制度を運用してみて感じるのは、あくまで社員を信じるスタンスに立っているので意外と苦労することは少ないということでした。悪用している者がいないかなど、社員を疑う必要がないのは大きいです。「何かトラブルが起きたら廃止します」と言うだけです(笑)。新入社員もフレックス勤務や早帰りをしているのかと質問されることがありますが、話し合った結果「○○な人はOK、××な人はNG」と条件をつけることには意味がないという結論になったため、どの制度についても全社員が対象となっています。もちろん、業務は優先していただきます。

人事の立場としては、問題が起きたときにどう対応するのかをあらかじめ想定し、リスクヘッジしておくことが多いかもしれませんが、当社ではベンチャー気質が影響しているのか、あまりそういうことはしていません。「さぶりこ」はあくまで社員それぞれが働きやすい形でパフォーマンスを発揮してもらうためのものなので、使われるかどうかもわからない悪用方法に対して事前にルールを作って社員を縛るよりは、チャレンジしてみてダメなら改善するなりやめるなりすればいい、問題解決は問題が起きたときにしようと考えています。人事として、腹をくくることが必要なのかもしれません。未来に対する恐怖をどう捉えるかということですね。

効率は求めない。たくさんのチャレンジを求めていく

会社から管理されないことで働かなくなる人もいるのではないかと心配されることもあります。会社にいればいただけで仕事をした気分になることもありますし、私自身も在宅勤務をすると自律することが必要だと感じます。ただそのあたりは個人の評価や給与に当然反映されますし、今のところ全体としてのパフォーマンスも落ちていないため問題はないと考えています。もちろん結果が出るまでには良くも悪くも時間がかかるもので、働きやすさを整えたことが業績にどうインパクトを与えたのかを測るのは正直簡単ではありません。ただ、インターネット業界は今後まだまだ伸びる市場だといわれており、新たな挑戦によって会社も伸びていくはずです。効率を求めるよりチャレンジしていくべきだという考え方が根底にあり、それをさまざまな社内制度にも反映してきました。

当社のコーポレートアイデンティティーは「『やりたいこと』を『できる』に変える」です。パラレルキャリアとして複数のキャリアを持つことを奨励しているのも、チャレンジができる環境だという会社からのメッセージになっています。会社を辞めて起業することは容易ではありませんが、所属しながらであれば少なくとも経済的なリスクは回避できます。起業というものは何回も何回も失敗し、やっと1回成功するかどうかというものだというのが社長の信条です。失敗は無駄ではないと考えているのです。失敗しても得るものは絶対に存在するので、失敗したとしてもチャレンジしていくことを推奨したいというわけです。

もともと当社には実力主義の考え方があり、新卒で入社して2年目には執行役員になった者もいます。教育プログラムの一環ということではなく、それだけの能力があると認められたからです。あまり年齢や学歴が関係ない会社ですので、本人の能力や努力は成果次第で給与・ポジションに反映されますし、「これをやりたい」と声を上げた人にはチャンスが与えられるようになっています。

一方で、あまり目立たないけれどもやるべき仕事をコツコツとこなして会社を支えてくれている者も少なからずいます。そのあたりのギャップをどうしていくのか、定量化して評価することにはあまり意味があるように思えず、難しいところです。本人も周囲も納得できる状態にしていくためには、じっくり対話を繰り返していくなど、もう少し時間が必要だろうと考えています。

 

「さぶりこ」が生み出す採用の価値

当社での働き方について社内外に広報するようになってから、「働きやすそうな会社」という認知が広がっていると感じます。エンジニアたちも、登壇の機会などで自分たちの働き方について積極的に話してくれているようです。その結果、「働きやすい会社で働きたい」と考えている方との接点が増えました。働きやすさだけが目的と言われると少し困ってしまいますが、これまで当社がリーチできなかったような方が、働きやすさに魅力を感じ、その上で自分のやりたいことができそうだと入社いただくケースも増えてきています。

採用に関連した社内制度としては「さぶりこフレンズ」という友達紹介もスタートしています。友達紹介は、エンジニアについては以前からも紹介が多かったのですが、名称を改めて全社的に展開し始めたところです。もともと離職率が5~6%と低い会社ではありますが、やはり紹介による入社者はなじみも早く、早期から活躍することが多いです。

ここ最近、社長の田中がもっとも多く口にしているのが「クリエイティビティ」というキーワードです。今後、第四次産業革命などによって世の中の仕事が半分くらいなくなったとしても、当社の社員は自分自身の力で仕事を続けられる人たちであってほしいという思いが込められています。社長の田中は、転職できる人材が当社で働いているというのが最高の状態だと言いますが、そういう集団であれば絶対に業績も良くなるはずです。そういう人材が長く活躍できる会社にしていくことが、私たち人事の役割でもあると考えています。さまざまな価値観を持つ社員それぞれが、存分にパフォーマンスを発揮できる状態を作っていきたい。業界が狭い分、どうしても同質化しやすい部分はありますが、社外に学びの場を求める越境学習のようなことが、社内でもできたら最高だなと思います。


インタビュアーによる解説

効率的なことは求めない。平均残業時間が8時間強にもかかわらず、予定労働時間の20時間分を給与として支払う。定時の30分前に仕事が終わっていれば早く帰れる。働き方改革が叫ばれるなか、これだけさまざまなことを実施する企業はなかなかないのではないでしょうか。

同社に限らず、いつでもどこでも働くことができる環境を整備している企業に共通するのが「性善説で考えること」でしょう。あわせて、もう一つの共通点として、パフォーマンスについて評価していることも挙げられます。同社の例でとくに興味深いのは、新卒2年目の社員が執行役員に抜擢されていることや、給与面でも、パフォーマンスを出せば給料は上がるということです。「働きやすさ」を前面に打ち出しつつも、その前提として実力主義の会社であるといえるでしょう。実力主義と働きやすさは相いれないようにも思えますが、実力主義であるからこそ、安心して働くことができるのではないでしょうか。同社のこの施策は、その両立ができているように感じています。男性の育児休暇は3カ月ほど取得する方が多いそうですが、一般的には将来のキャリアにとって不利になると感じて、取得してもせいぜい2週間程度です。ライフステージに合わせて、働く上での安心が確保されているという印象でした。

一方で、会社から管理されるのではなく社員一人一人の判断で働き方を選択する場合には、働くことに対して各自に責任と自律性が求められることになります。「さぶりこ」は、まだまだこれからも進化していくことになるでしょう。インタビュー中、それを強く感じることができましたが、今後もどのように変わっていくか、要注目です。

インタビュー・文:ビズリーチHR研究所 金澤元紀


 

Pocket
Share on LinkedIn